SNSのひとつであるFacebook、ひところに比べるとかなりの鎮静化、倦怠感も顕著に出てきており今さら感がある本日の稿ですが・・・
見ず知らずの人からの友達の承認要請がその最たる例ですが、まあSNS上でのマナーというものがリアルな人間社会におけるマナーと乖離する部分、そして全く同じ部分もあるということが明確になってきて、またそのSNSへの関わり方で、その人となりが分かるようになったということにおいてはリアルな人付き合いの中では大いに貢献していると思います。
リアルもバーチャルも垣根が無く全てを素で行かれる方
やはり、リアルとバーチャルを明らかに使い分けられる方
大きく分けると二つですが、そこにはその部分を意識的にされている方、無意識で結果的にそうなっている方、つまりは情報発信する人のマインド、人となりが見えないとバーチャルの世界はバーチャルに過ぎないのです。
リアルにお付き合いがある方とFacebookについて語るのはそう意味では結構、楽しいものです。
私は全く知らない方、挨拶しただけの方(異業種交流会等の同組織に帰属し今後も交流活動が継続的に続くことが明確な方は除きます)、の友達承認申請は受けないようにしていますが、まあそれも人それぞれの価値観ですし、この点は以前からもSNSの社会的意義においての論点にも上がっているのここでは触れません。
では、本日のタイトルが指すものは何ぞや?って思われるかもしれませんが・・・
実は至ってシンプル、ある種の固定観念でFacebookをされている方はスマホを所有している、つまりはスマホでFacebookを閲覧、書き込み等を行っていると思われている方が意外と多いのです。
私の周りにはパソコンのみ、ガラケーでされている方もいます。
本人に自覚はないでしょうが、Facebookに参加されている方はスマホ所有を前提で話されることが非常に多く、メッセンジャーで連絡が簡潔していると思われている方も非常に多いのです。
ガラケーでされている方はこの件はクリアできますが、パソコンでしかされていない方は連絡をいれられていないことさえ気がついていないこともあります。
スマホ所有が前提でスマホの機能についての話を突然進められるのでガラケーの方には通じない話もあります。
これはいい悪いではなく、スマホを所有している人にはスマホが完全にその方の生活上のインフラになっていますで、所有していない人、興味がない人がたくさんいるという事実に気がつかれないのです。
まあ、これもある種の洗脳ですから本当に恐いですよね。
つまりはFacebookがどうのこうのより、スマホを普及させるライフスタイルを世に送り出した故ジョブズ氏の先見の明には改めて頭が下がるとともに、ハードはライフラインになるが、そのハード上で運用されるソフトは真のライフラインにはなりえないということを改めて実感しますね。
2013年03月19日
Facebookにおける前提条件
posted by core at 06:00
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| 岡部のIT考察
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