自己研鑚、切磋琢磨、自分自身を磨く、修練、鍛練するうえでの言葉ですが、前者は自分自身で、後者は仲間やライバルとともにいずれにおいても自分自身を高めるうえでは様々な方法があるということである。
しかしながら、ひとつの大原則があり、人にはそれぞれ個人差はあれど“器”というものがある。
様々な技術やノウハウ、経験を得とくしていくうえで断捨離という言葉にあるように、自身の過去の成功体験や技術、ノウハウを切り離していく必要もある。これらは自分自身の血となり骨となり、つまりはDNAにメモリーとしてしっかり刻まれているので、その部分にしがみついたり、こだわり続けなくても大丈夫なものである。
つまりは様々な環境の変化に対応、適応していくためのインプットのためにはアウトプットも必要である。
インプットのためのアウトプットもあれば、アウトプットのためのインプットもある。つまりは目的が明確なインプット、アウトプットと、本能的なインプット、アウトプットがあるということである。
前述の“器”という表現にマッチングするのは本能的なインプット、アウトプットだろう。
目的が明確なインプット、アウトプットというのは自分自身の理性でコントロールできるものであるからインプットも際限なくできるし、アウトプットのときから変化して多彩なものになっていくだろう。言うなれば、これが私たちが次世代に紡いでいかなけらばならない社会的使命のようなものではないだろうか。
勿論、私たち自身が意識的に、時には無意識的に先輩方から受け継いできたものなのであろう。
先日、弊社のスーパーバイザーである田中氏のブログに社会的使命における承継、そしてそれこそを突き動かすものが自分自身の飽くなき探求心であり、自利利他の精神に通じるものがありたいへん私自身が刺激を受けたのでこのような稿になってしまった。
そのブログはこちらをチェック
私自身も自利利他の精神のもとCOREな信念を燃やしてあらためてインプット、アウトプットに精進ししていきます!!!
2013年02月08日
インプット・アウトプットの話
posted by core at 06:00
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