先日のことだった。その知らせはあまりにも突然であった。
父の学生時代の同級生のお母様だった。父の同級生は病気で早くに亡くなったのだが、同級生はこのお母様の家に同級生が亡くなった後もいつものように学校帰りに家に寄り、同級生を囲むかのようにこのお母様を囲み談笑していたそうだ。
それぞれが成長して遠方に行っても、定期的に実家に帰ってきたらこのお母様の家を訪ねたそうだ。
父を含めてそれぞれが結婚して子供ができても、妻を、子供を連れてこのお母様の家に普通に訪ねていた。私も幼少の時から父に連れられこのお母様の家によく行っていたようだ。
中学生を過ぎるといっしょに父について行くこともなくなり、私自身は疎遠になっていたのだが成人して、父のこのお母様とのお付き合いを聞かされたときには実に不思議な感覚を持ったことを鮮明に憶えている。
父の成長に触れながら、ご自身の息子が生きていたらこのようになっていくのだろうという姿を父や他の同級生の方に投影しながら毎日を過ごされていたのだろうか?
私が結婚したときには、妻を連れてこちらのお母様、私からすると祖母のようになるのだろうが挨拶に伺った。
今でも鮮明に自分の孫のように喜んでいただいて2時間ぐらい色々なお話をしたことを思い出す。
ご逝去される1週間前まではお元気だったそうで、心臓の病が持病にあったそうだが3日前の夜に急に体調を崩されそのまま永眠された。ほとんど苦しむこともなく穏やかな最期だったようだ。自分の最期が判られたのだろう。その日の日記に辞世の句まで綴ってあったそうだ。
お通夜でその辞世の句を拝見した。
柩の中で穏やかに眠る故人は、今にも目を開けて声をかけていただけるようなお姿だった。
享年97歳、先に逝かれた息子さんと、ご主人の傍にようやくいかれたのであろう。
大往生ではあるが、あまりにも唐突でありあらためて人の命のはかなさを実感する出来事であった。
故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
*寛解の意味
東洋医学用語でいわゆる一病息災である。持病はあるが完治しておらず、その病気と共存しながら生活している状態を指す。語句の直接な意味としては、ゆるやかに意味を解き明かしていくという意味がある。
2012年10月19日
寛解 〜 所縁の方のご逝去
posted by core at 06:00
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