2005年に体調を崩して2度の手術、2ヶ月の入院生活を経て、私たち家族は私の両親と同居することになった。
当時、長女3歳、長男0歳、闘病生活による通院を続けながらの私も妻も毎日を過ごすことが精一杯だった。
時々、子供たちを両親に預け徒歩で数分だったこのラーメン屋に息抜きでラーメンを食べにきていた。お店の名前通りに大将の冒頓としながらも心のこもったラーメンに舌鼓を打っていた。
それから、私自身も健康を回復し、子供たちが成長して両親の実家の近所に賃貸ではあるがマンションを借りた。
妻が子ども会や自治会だけでなく子供を預けて週末の外食に行くときには、私が子供たちを預かり夕食のリクエストは決まって「正直屋」、いつの間にか私と妻の憩いの場から私と子供たちとの憩いの場に変わっていた。
先日、たまたま仕事がデスクワークで遅くなるのがわかっていたので午後3時過ぎに遅めの昼食と、早めの夕食を兼ねて一人で食事に行ったら
いつものスタッフから
「大将が体調を崩しまして、29日まででお店を閉めることになりました。決まったのも先週の話でしたので急で申し訳ないですが最後に直接お伝えできてよかったです。」
その日の一杯は今までのことを思い出しながら食べたのだった。
自分自身が闘病生活の時に元気をくれたお店の大将が今度は体調を崩してお店を閉める、しかもそのときにその大将はその場におらずに声をかけて上げることも、そのときの感謝の気持ちを伝えることもできなかった。
閉店の日には行けなかったので、その2日前に家族4人でオロナミンCを閉店後のお店に持って行った。
大将、スタッフの皆さんお元気で
閉店して暖簾が下げられた正直屋の看板・・・
*寛解の意味
東洋医学用語でいわゆる一病息災である。持病はあるが完治しておらず、その病気と共存しながら生活している状態を指す。語句の直接な意味としては、ゆるやかに意味を解き明かしていくという意味がある。


