2005年3月17日、大病の罹患が判明し出口の見えない迷路に入り込んだ。自分自身の過去を悔み、自分自身を責め、時には周りの人たち、境遇も責め、過去から現在の延長線上にいる自分という見方しかできなかった。
過去、つまりは自分自身の経験、その他でている結果から統計的に導き出す、現在、そして未来は、帰納的アプローチに過ぎず、未来がそのようになるわけではない。
人間は一人で生きていくものではないので、どのような状況でも支えてくれる人々が傍にいる。一番身近なところでは家族である。精神的、肉体的、経済的にもしっかりと支えてくれた。そこには理屈はない無尽蔵の愛に包まれていることを実感したものだ。
そして、家族ではない方も様々な形で支えてくれる。
しかしながら、これは不思議なもので、今振り返ればそのときの自分の状態に合った人が常に何名かいて、そのときの状態、不安、様々な様相をクリアすると自然とその方たちの支えがなくなるようになっているのである。
それは偶然なのか?必然なのか?
考えても答えはでるはずないが、結果的には必然ということになるのであろう。
主治医、罹患時から、手術、再発、その後のモニタリング、当初から5年間はしっかりと支えていただいた。体力、気力、様々なことの回復により、5年目の検査で「5年間お疲れ様でした。私からは卒業ですね。よかったですね。」主治医の診察は終了したのである。
罹患後2年目に再発の可能性があり、モニタリング強化をされたのだが、気力?で腫瘍らしきものは1年かけて消すことができた。罹患時から精神的に支えていただいたとある東京在住の方がいらっしゃった。一般的に言うなれば霊能者のような方になるのだが、やはりこの当時は精神的な支えとしてはとても大きな存在の方だった。再発疑いの腫瘍の影が消えて3年を経過した後、
「もう大丈夫よ!」という類のメールをいただいたことを最後に音信普通になったのである。
他に様々な方たちが、時が経つにつれ私の周りから自然と離れていく。
これは、現在の自分から、過去の経験に捉われずに、明確な目標、強い意志をベースとした自分自身の未来を設定、むしろ決定してそれに向かう演繹的アプローチによる発想法、行動に切り替えることができたときから自然の流れとなったようだ。
そしてまた一人、私の傍から離れていく。民間療法の一環として様々な側面から私を支えていただいていた薬剤師の方が転勤で私の担当ではなくなるのである。
私にとっては専門家としての信頼感と、ひまわりのような存在感でいつも元気をいただいていた“素敵な方”だった。さあ、またひとつ次のステージに進むということなのだろう。
その方の今後の幸せを切に願いつつ、今からはじまる私自身の新しい人生のステージに期待を感じずにはいられない。
AKANEちゃん、どうぞお幸せに!!!
*寛解の意味
東洋医学用語でいわゆる一病息災である。持病はあるが完治しておらず、その病気と共存しながら生活している状態を指す。語句の直接な意味としては、ゆるやかに意味を解き明かしていくという意味がある。
2011年07月18日
寛解〜時が経てば
posted by core at 06:00
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| 寛解
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