「喉元過ぎれば熱さを忘れる」昔からある言葉で、その意味は、『熱いものも、飲みこんでしまえばその熱さを忘れてしまう。転じて、苦しい経験も、過ぎ去ってしまえばその苦しさを忘れてしまう。また、苦しいときに助けてもらっても、楽になってしまえばその恩義を忘れてしまう。』となっている。
私も例外なくこの状態である。大病から6年以上の時が過ぎ、2ヶ月前に受けた胸部CT検査でも著変なしの所見、今年になって多忙だったために4月になって疲労感が抜けない状態が続いていた。
しかしながら、心のどこかに不安を感じながらも、全く逆で「大丈夫だろう・・・」というように思っている自分自身もいる。
ここは一旦リセットで、随時、検査をやっていこうと意を決して、その第1弾としては、一番時間を取られずに広域の体の状態を概ね捕捉することができる採血を受けた。
もちろん、腫瘍マーカーも含めてである。
結果は問題なし。
その他の数値もいずれも正常値、ずっとお世話になっているかかりつけのお医者様からも
「健康体です。この調子でいきましょうね。」力強いお言葉をいただいた。
この先生は、私が抗癌剤治療が合わずに、自分の意思で投与中止をした後も、再投与を根気強く勧めていただいた。「大腸癌における抗癌剤投与は、再発予防における効果が非常に大きく、副作用の対処法もかなりのバリエーションがあり、今のが合わなかったのであれば主治医としっかり相談して別の抗癌剤や、投与法を選択して再トライしてください。必ず乗り越えられるし、大丈夫ですよ。」
この先生の言葉も私の中でのドライブ(やる気、推進力)となって1ヶ月後より抗癌剤投与を再度開始、結局、主治医と相談しながら様々な副作用を抑制する方法を取り入れていただき最後まで乗り切れたのである。
さて、現在に話を戻そう。
モニタリングの第1弾はクリアした。
次回は、胃カメラを行う予定である。
血液検査が4月末だったので、6月末から7月上旬にでも胃カメラ検査を行おう。
*寛解の意味
東洋医学用語でいわゆる一病息災である。持病はあるが完治しておらず、その病気と共存しながら生活している状態を指す。語句の直接な意味としては、ゆるやかに意味を解き明かしていくという意味がある。
2011年05月14日
寛解〜モニタリング
posted by core at 08:45
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| 寛解
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