震災後の福島原発について、全く予断を許さない状況が続いているのは事実です。3月19日、東京消防庁による未曾有の誰も経験していない史上初、そしてなおかつ史上最も困難なミッションが発動されました。
テレビの画像を通してハイパーレスキュー隊の特殊車両が集結していく様子、は世界のメディアでも“最後の砦”として報道される等、世界中の希望を背負った部隊だったのです。
全ての隊員が自薦で志願された方たちのみで構成されました。
ご家族がいらっしゃる方が大多数であったようです。国民を、家族を、世界を守るという強い意志がこの前人未到のミッションを“最高の効率”と絶賛される程の集中力、結束力を生み出して当初予定していた7時間の放水を3時間延長して10時間に及ぶ放水を実現できました。
放水量は作戦前のシミュレーションで予定通りいけば理論上1,000トン以上の放水が可能とのことでしたが、現実に1,000トン以上の放水を実現できたのです。
その時の会見の様子がasahi.comにありました。
この方たちに心から感謝いたします。以下記事の抜粋です。
「非常に難しく危険な任務だった。国民の期待をある程度達成でき、充実感でほっとしている」――。東京電力福島第一原発の冷却作戦で、10時間以上の「連続放水」を成功させた東京消防庁の派遣隊員の一部が19日夜、帰京した。佐藤康雄総隊長(58)ら3人が東京都内で記者会見し、心境を語った。
会見したのは、災害救助のスペシャリストである「ハイパーレスキュー」の冨岡豊彦隊長(47)と高山幸夫隊長(54)。
冨岡隊長は「大変だったことは」と問われると、「隊員です」と言って10秒ほど沈黙。涙を浮かべ、声を震わせながら、「隊員は非常に士気が高く、みんな一生懸命やってくれた。残された家族ですね。本当に申し訳ない。この場を借りておわびとお礼を申し上げたい」と言った。
高山隊長は18日、職場から直接現地に向かった。妻に「安心して待っていて」とメールで伝えると、「信じて待っています」と返信があったという。
佐藤総隊長も妻にメールで出動を伝えた。「日本の救世主になってください」が返事だった。
高山隊長は今回の任務を「目に見えない敵との闘い」と振り返った。注意したのは放射線量。「隊員たちが常に測定しながら安全を確認し、アピールしてくれた。仲間のバックアップがあったから任務を達成できた」と話した。
会見では、作戦の具体的な中身も明かされた。
佐藤総隊長によると、派遣隊は本人が承諾した隊員から選抜された。
原発に入ったのは18日午後5時5分。作戦は当初、車から出ずに車両でホースを延ばす予定だった。8分で設置できる計算だった。だが、海岸付近はがれきだらけ。車が走れそうなルートだと2.6キロあり、ホースが足りない。
一度本部に戻り、安全な方法を再検討した上で午後11時半に原発に戻った。最終的には、途中まで車で延ばし、最後の約350メートルは隊員が車外に出て、巻いたホースを手で延ばし、取水のために海まで届かせた。
ポンプで吸い上げた海水を放つ「屈折放水塔車」を止めたのは、2号機と3号機の真ん中で建物まで約2メートルの至近距離。目標とした、使用済み核燃料が貯蔵された3号機のプールまでは50メートルだった。いつでも退避できるようにマイクロバスを用意し、「特殊災害対策車」も待機した。
翌19日の午前0時半、「白煙の方に向かって」3号機への放水が始まった。
放水現場の放射線量は毎時60ミリシーベルトだったが、放水後はゼロ近くに。「命中している」と確信したという。
極限の集中力を発揮している方たちが、「命中している」と確信したというコメントはそのとき、本当に“心眼”なるものが開いていたのだと思います。
今後も関係各位の方たちの困難を極まるミッションが続くと思います。心から応援いたします。心から感謝申し上げます。
必ず成し遂げていただけることを心から信じております。
2011年03月20日
世界で最も勇敢な方々
posted by core at 11:25
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