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2010年11月15日

泣かぬなら・・・

戦国大名から天下統一を成し遂げた豊臣秀吉、徳川家康、この二人の人間像、価値観を端的に表した皆様にも有名な言葉があります。

豊臣秀吉
泣かぬなら泣かせてみせようホトトギス


徳川家康
泣かぬなら泣くまで待とうホトトギス


この二人の思想、価値観に基づいて政権を担われましたが、その後の継続性を鑑みると徳川家康の思想、価値観の方がしっかりとしているということがいえるでしょう。

コンサルタントとして、様々な企業、組織のソリューション(問題解決)に取り組むときに問題点の洗い出しから、具体的な解決策の提示、実行、そして効果測定、監視というプロセスを踏んで短期間から長期間に及んで取り組んでまいります。

最近、前述の二人の言葉をどちらの人物が相手の立場に立って考えているかをつくづく実感するものです。

組織改革の大前提として、人は本質的に変化を大いに嫌うという原則があります。現状に不平、不満を言っていても突き詰めれば変わること、新しいものへの取り組みに対する不安の方が強く現状から変わらないことを望みます。

経営者はそうは行きません。対極的に組織を見える経営者はこのままではいけないから企業、組織を変えないといけないということで私たちの出番になります。

(もっとも経営者ご自身に原因があり、結局は経営者ご自身が変わらないと・・・という場合も多々あります。もちろんこの場合も前述の通り変化を嫌うことは変わりません)

さて、そこでいざソリューション(問題解決)に取り組むときの手法ではなくてスタンスなのですが、依頼者からしたら結果を早く求める傾向があります。勿論、私たちもその意向を踏まえただけではなく様々な状況を鑑みた場合に急がねばならないケースも多々あるのですが・・・

そのとき取り組んでいる解決策に取り組んでいるとき、取り組んでいるものは秀吉になっているものです。


泣かぬなら泣かせてみせようホトトギス


泣かせよう泣かせようとして、結果的には泣いたとしてもそれは無理やり泣かせているので当時者も納得しているのではなく、説得されているだけという場合も多々あります。つまりは継続性がありません。秀吉の政権を見ても明らかです。


泣かぬなら泣くまで待とうホトトギス


家康は泣くまで待つのをじっと待っているだけではなかったのです。泣きやすいように廻りの環境を時間をかけてじっくりと変えて行き、結果的には泣くという成果を出すのですがそのときはホトトギスが自発的に泣いているという状態にまでしているのです。



私もよく秀吉になっています。

明らかに今は受け入れられないだろうと、判り易く自分を発信して頂ける方には家康のスタンスで最初から取り組めるのですが、そのような方や、組織ばかりでないことの方が多いのです。

「こうして行きましょう」

クライアント様から出てきた言葉、ずっと以前から秀吉のように取り組み続けていたことであっても、最後に出た結論が自分自身でそのような状況から泣いたときに、私はいつもながらその瞬間には感無量の気分でありながら、それまでのプロセスは秀吉だったのか?家康だったのか?を考えます。やはり、秀吉になっていることが多いのです。


泣かぬなら泣かせてみせようホトトギス


自分主体になると秀吉になってしまいます。



余談ですが、夫婦の生活においても前述のようなことがありました。数年前から「このようにしようよ」という提案を私がしていたのですが、何度も「それはちょっと・・・」という妻の回答の繰り返しでした。

しかし、先日「こうしたら?」同じ提案をしたら、「それがいいね!」との答え、相手の立場からしっかり伝えたら同じ提案もすんなりと受け入れてくれました。



泣かせてみせよう、泣くまで待とう、これはホトトギスという事象に対しての、自分自身と、相手のどちらの立場に立っているかを説かれている言葉だと思います。



そもそも、泣かぬなら(泣かせたい)が自己の主体性なので、泣くまで待とうこそが相手の立場を考えた自然の姿なのでしょうが、ついつい自己本位になってしまい泣かせてみせようになってしまうということを教えてくれる言葉でもありますが・・・
posted by core at 06:00 | Comment(4) | コンサルタントとして
この記事へのコメント
菅政権は、

「鳴かぬなら鳴かぬでいいよホトトギス」

って感じですか・・・
Posted by M at 2010年11月15日 09:56
Mさんへ

う〜ん、なるほどピッタリなだけに悲しい我が国って感じですね・・・

追伸
文脈の「泣かぬなら」なんですが、「鳴かぬなら」が正しいのでしょうが、起稿時にいろいろ調べまして、この場合の鳴くはホトトギスではなく人を指しているので「泣く」という字を用いているという解説が多かったためです。誤字ではないですよ(笑)

追伸2
本文ではなかった「泣かぬなら殺してみせよホトトギス」は織田信長を指すということが広く知られていますが、この言葉を発したのは藤原道長だそうです。これを例に豊臣秀吉が「泣かせてみせよ」と説いたものを、家康が「泣くまで待とう」と説きなおしたようで、信長の代名詞の「殺して見せよ」は後の天下人、二人と照らし合わせてこじつけられたようですね。
Posted by coremanagement:Okabe at 2010年11月15日 10:15
最近、調査立会等の飛込み仕事が重なってくると、ついつい「鳴くまで待とう」精神が希薄になって、「鳴かぬなら次を探そうほととぎす」傾向になっているようにおもえます。「反省」ですね。
「鳴くまで待とうほととぎす」精神を忘れないためにもコメントいたします。
Posted by 広島の税理士 at 2010年11月15日 16:42
広島の税理士さんへ

この場合の次を探そうは、Mさんのコメントの鳴かぬでいいよと相通ずるものがありますよね。

ただ次を探そうも、鳴かぬでいいよも相手の立場に立てば、相手には無害ともとれますよね。

殺して見せよは論外ですが、鳴くまで待たなくていいケースも多々あるような気がしますが・・・
Posted by coremanagement:Okabe at 2010年11月15日 19:10
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