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2010年06月01日

龍馬についての考察〜前編

現在の社会情勢をよく幕末にたとえています。この時代に呼応したのか?偶然なのか?今回のNHK大河ドラマは坂本龍馬を主役とした『龍馬伝』です。福山雅治が坂本龍馬を演ずるということで放送開始以前から物議を醸し出していました。

私の世代(1970年生まれ)も坂本龍馬と言えば、司馬遼太郎氏の名作『竜馬がゆく』のイメージが強いのです。破天荒なイメージは福山龍馬も違わないのですが、今回は繊細さ、思慮深さ、迷い、個人の友情と日本の行く末、という対極に位置するミクロとマクロの対比、矛盾を龍馬の内側からも描かれている感性に訴えかける内容だと思います。

3月25日の稿でもこの『龍馬伝』にまつわる私の考察?をアップしていますが、いずれにおいても史実から伝えたい方たちの主観、感性が融合してその時代に応じた龍馬が誕生するのです。

さて、ここで弊社の“秘書まーにゃ”にも彼女の主観をいれながら『龍馬』を考察してもらうことを依頼しましたら予想以上に内容の濃い報告があがって参りました。


以下桃色の文字は“まーにゃ”の報告書です。


 坂本龍馬の人となりについて

高知県立坂本龍馬記念館公式HP、Wikipedia参照

@龍馬は脱藩後に継続的に接触したグラバーの影響を強く受けており、薩長同盟、亀山社中創設、船中八策は龍馬の完全な独創ではないという指摘があるのだそうです。グラバー商会は、アヘン戦争を推進したイギリスのジャーディン・マセソン商会の直系であり、グラバーの肩書きは、「マセソン商会長崎代理人」でした。龍馬が幅広く権力者と交流できた理由は、彼個人の資質よりも、彼が当時の東洋最大手のイギリス武器商会の「営業マン」だったからだというのが真実に近い、という主張があるのだそうです。
長崎のグラバー邸には、龍馬ら脱藩志士を匿って住まわせたとされる隠し部屋がある
とか。

A武市半平太とは「アギ(あご)」「アザ(痣)」とあだ名で呼び合う仲だったそうです。

B龍馬が尊敬していた人ですが、龍馬の手紙の中に何人か名前が挙がっていますので、まずはそれを紹介します。
◎ 1863(文久3)年3月20日、姉・乙女宛て(脱藩後最初の手紙)
「(前略)今にてハ日本第一の人物勝憐太郎〔りんたろう〕殿という人にでしになり(後略)」
※本当は勝麟太郎が正しい字ですが、勝海舟のことです。
◎1863(文久3)年5月17日、姉・乙女宛て
「此頃は天下無二の軍学者勝麟太郎という大先生に門人となり、ことの外かはいがられ候(後略)」
その他に、1866年12月4日に、家族一同に宛てた手紙では、「天下の人物」について書いていますので、それも紹介します。
「当時天下の人物と云ハ、徳川家ニハ大久保一翁〔いちおう〕(大久保忠寛〔ただひろ〕)、勝安房守〔あわのかみ〕(勝海舟)。越前にてハ三岡八郎(由利公正)、長谷部勘右衛門〔はせべかんうえもん〕。肥後ニ横井平四郎(横井小楠〔しょうなん〕)。薩摩にて小松帯刀〔たてわき〕。西郷吉之助(西郷隆盛)。長州にて桂小五郎(木戸孝允)。高杉晋作」
龍馬はこの9人のことを「日本の中で大変優れた人」と考えていたようです。特に、大久保忠寛、勝海舟、横井小楠の3人は龍馬の先生として色々な事を教えてくれた人ですので、龍馬は非常に尊敬していたようです。
・大久保は幕府の役人ですが、早くから大政奉還を考えており、勝海舟や龍馬に影響を与えた人です。
・横井小楠は、龍馬の「船中八策」のヒントとなる「国是七条〔こくぜ〕」を考えた人です。

龍馬の性格ですが、生まれ育った環境は大いに関係あると思います。まず、どういう性格だったかですが、薩長同盟の後、寺田屋で襲われた時、龍馬とともに戦った長州藩出身の槍の達人・三吉慎蔵が、龍馬の人柄について語っていますので、引用します。
「問 坂本ノ人ト為リハ過激ノ方ナルヤ。」
「答 過激ナルコト豪モ無シ。且ツ声高ニ事ヲ論ズル様ノコトモナク至極オトナシキ人ナリ。容貌ヲ一見スレバ豪気ニ見受ケラルルモ、万事温和ニ事ヲ処スル人ナリ。但シ胆力ハ極メテ大ナリ。」ということです。他にも龍馬の手紙から分る性格は、非常に細かな点にまで気配りができる、行き届いた心の持ち主であること。また、海援隊士の給料が3両2分と隊長から平隊士まで皆同じというように、分け隔てのない、平等な考えを持った人ということが分ります。龍馬の家は高知城下のすぐ西の上町にあり、その上町は商人と職人がおもに住んでいましたが、郷士の家もありました。要するに、士農工商の農民以外の身分の人々が混在する町だったのです。その中で育つ事によって、饅頭屋の息子(近藤長次郎)とも親しくすれば、鍛冶屋に出入りする事もあったと考えられます。こういう環境によって、平等な考え方が育まれていったのでは。




人物像を史実に基づいて考察することは非常に楽しいことでもあります。

私の持論ですが、歴史こそが最高のフィクションです。真意がわからないからこそその瞬間に思いを馳せたり、現在の価値観から考えたり、つまりはその歴史上の史実や人物を語るにおいても、自分自身のそのときの価値観、人間性、などが確認できる羅針盤のようなものです。

“まーにゃ”の報告は、客観性に基づいて、自身の主観をいれて行われていますが、これは明らかに福山龍馬の考察なのです。



司馬竜馬とは違います。



だからこそ歴史はおもしろい!!!



参考までに、私の父(66歳)も坂本龍馬は好きなのですが、『龍馬伝』はおもしろくないといいます。

司馬竜馬とギャップがあることを受け入れていないのでしょうね。

ちなみに私の母(65歳)は、福山龍馬の『龍馬伝』はおもしろいと毎週のように楽しみに見ているようです。私の母は父以上の歴史好きで今までも龍馬像はあったようですが、イメージと違う龍馬が斬新のようです。



今回の稿で“まーにゃ”の報告を全部伝えると長くなりすぎますので続きはまた明日!!!
posted by core at 06:00 | Comment(0) | 日記
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