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2008年07月29日

清原和博

今から25年前の夏の甲子園、PL学園の1年生4番打者として登場し、春夏連覇を狙って優勝候補No.1の呼び声高かった池田高校の“金太郎”こと水野雄仁の夢を打ち砕いたのでした。

最もこのときは、清原VS水野は3三振で水野に軍配が上がったのですが、1回戦からその猛打を魅せつけていた1年生4番打者を意識しすぎて、KKコンビのもう一人1年生エースの桑田投手に特大ホームランを打たれて水野投手の夏は終わったのでした。

それから25年の時を経て、夏の甲子園がはじまるこの8月に清原和博が復活しようとしています。西武時代は怪我をしない頑強な体、抜群のバッティングセンスで天才打者の異名を欲しいままにし、古くは山田投手、村田投手、同年代では野茂投手、伊良部投手等と我々に手に汗握る名勝負の数々を魅せつけてくれました。

1996年暮れのFA宣言で、小さい頃からの夢であった巨人軍に移籍してから彼の運命は変わります。夢だった球団のユニフォームに袖を通したのはいいけれども、不振と怪我の繰り返し、皆勤は入団初年度の1997年と2001年のみ、活躍したといえるのは2001年のみといっても過言ではないでしょう。西武時代の11年間と巨人時代の9年間では、本人自身のイメージも選手としての活躍もまるで別人のようでした。イチローが登場する前までの元祖天才打者、現在中日の監督をしている落合博満は、「清原はPL学園時代の2,3年生のときと、西武時代の1,2年目が全盛期」と公言してはばからなかった程、稀代の天才打者は輝きを失っていたのです。

2005年のオフ、今は亡きオリックスの当時シニアアドバイザーをされていた仰木彬氏より声をかけられ、事実上の戦力外になった巨人から心機一転移籍してきました。このときの入団会見の笑顔は、巨人との紆余曲折があった後、意を決して爽やかに入団した西武ライオンズでの入団会見を思い出させてくれるすがすがしいものでした。その後の2年怪我による手術もあり、約2年1軍の試合に出ていません。

野茂投手も桑田投手も引退しました。いずれも限界一杯まで野球に取り組み、戦力外のような形で球界を去りました。清原和博はこう語ったそうです。

「もう1度ホームランを打って、手術したこの足でベースを1周したい。だれもやったことのないことに挑戦している」

私にとってのスーパースターは清原和博なのです。私が中学生の時に、甲子園での勇姿をTVで見たことが今でも忘れられません。自分の望んだ球団ではないところで、華やかさを演出し、自分の望んだ球団ではダーティーなイメージをまき散らし、そして今があります。
一連の連続性で彼の人生を見ると、その風貌とは正反対の繊細で神経質で人間の弱さが凝縮されたような印象さえ受けます。

しかし、最後の野球人生の瞬間を迎えようとしている今、誰よりも輝いて、誰よりも強く、そして夢が一杯の思いにさせてくれます。1軍復帰までもうすぐだそうです。もう一度、ベースを1周する姿を是非見させてください。

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清原和博 ホームラン祈願!!


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