2005年5月25日に退院した後、私が診療を受けるK大学病院の第×外科の診療日は毎週火曜日と木曜日と金曜日、翌週火曜日の5月31日に診察を受けに行きました。
まだ足下がおぼつかない私は、子供を母に預けて、妻に付き添われてK大学病院の第×外科に行きました。入院時以来の待合室、退院後診察を受けるべく淡々としている方、患者同士で顔見知りになり談笑されている方、これから病気と向き合うような2ヶ月程前の私と似たような雰囲気を持たれた家族たち、様々な心理状態が錯綜して、何とも言えない雰囲気を漂わせた待合室でした。
入院時にも同じようなことは考えていたようですが、自分自身の感じ方が全く違ったような気がします。
1時間程待ったでしょうか。主治医のU医師の声で、「岡部さん、岡部光洋さん、7番診察室手前までお入りください。」院内放送で呼び出されました。
この日は退院後の経過を見てもらうことと、いよいよはじまる抗がん剤治療についての説明及び処方、つまりは真の闘病生活のはじまりを告げるものだったのです。
私自身の病状は、局所リンパ節転移があったためステージ�Va、いわゆる進行癌です。一般的にいう早期発見ではありません。従って、年齢も35歳ということから抗がん剤投与がほぼ間違いなく行われるという状況でした。入院中にも説明を受けており、拘束時間が短いこと、通院回数が少ないこと、副作用が少ないこと、等から経口剤を選択しました。
ユーエフティー、ロイコボリンこの2種類の抗がん剤を8時間毎に服用します。時間は自由なのですが、服用の前後1時間は飲食不可ということなので、通常の生活を考慮して、私は朝6時、昼2時、夜10時の服用にしました。
6月1日の朝6時より服用開始、この時はまだ闘病に対する意気込みが勝っており、抗がん剤の副作用も未経験ということで、むしろ「病気に負けるか!」と自分に言い聞かせており、この後襲ってくる副作用のことなど考えるよしもありませんでした。
つづく
2008年06月19日
告白Vol.18〜抗がん剤投与
posted by core at 12:59
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