どのような時でも何事もなかったかのように朝は来ます。長い夜を越えて向かえた朝は、あまりにも白々しく、窓から差し込む朝陽は、我が家で起きている悲劇をあざ笑うかのようでした。
朝の7時半には、まだ眠りが深く健やかな寝顔の子供達に別れを告げ、妻と母の見送りを受けて父の車に乗り込みました。「さあ行こうか」淡々と車のアクセルを踏む父、窓を開けて妻に力強く「いってきます」と告げましたが、この時はたとえようもない不安に駆られていました。朝陽が目に差し込み眩しいくらいでしたが、私の心は光を探し続けていました。車のミラー越しに見える妻の顔を見ながら「どんなことがあっても帰ってこなければ!」
後で思えばここでも悲愴な決意であり、決して前向きには現実をとらえられなかったと思います。
K大学病院に到着しました。昨日K医師に言われた通り、新患外来で受け付けを済ました後、第×外科の窓口で順番を待っていました。入院の準備をしてきていたので旅行に行くかのように大きなボストンバックを持って待合室で待っているのは私だけで、他の患者さんの視線がするどく突き刺さる(後で振り返れば、廻りの患者さんも様々な病気を抱えており、あまり気にしてなかったと思います。)ようでした。この時、父は仕事を午前中休みを取ってずっと私に付き添ってくれていました。病気のことが不安で一杯の私に取ってどんなに心強かったことでしょう。今でもこのときの唇を噛みしめた父の横顔をはっきりと思いだします。
「岡部光洋さん7番奥にどうぞ」N医師の声が待合室のマイクより聞こえてきました。病室の中に入ると、そこには端正な出で立ちで、淡々とした感じのN医師が私と父を迎えました。今回の経緯のお礼を先生に伝え、M病院の診断結果を先生に渡して、その書類に目を通されている時に、「二人目の子供が先月生まれたばかりです!先生、助けてください」
無心で出た言葉です。父も同じようなことを言いました。先生は非常に冷静に「手術は急いだ方が良さそうですね。入院後の担当は僕の一つ年下のU医師になります」言われました。この時は、不思議と冷静で、(やはり大病院、このような患者をいつも見ているから淡々としているな)顔を紅潮させて私に告知したM病院のS院長との対応の違いに戸惑いを覚えていました。
病室に案内される前に検査を受けることになりました。「大丈夫だから」と言い残し、父は仕事に行きました。昨日M病院で受けたのに再度大腸内視鏡を行ったのですが、M病院の時はK医師と看護師が一人でしたが、今回は若い患者だからでしょうか、専門医以外にも研修医もたくさんいて、ざっと見ても5人はいたと思います。「やはり、大病院、俺はいいサンプル何だろうな」私の不安は益々膨れ上がるばかりです。昨日見た映像と全く同じ、紫色のおぞましい造形の腫瘍が目に飛び込んできました。医師の人達は腫瘍の奥を見るにはどうしたらいいかを議論していましたが,カメラを奥に進める時に腸閉塞になる可能性が高いということで内視鏡検査を打ち切りました。
今度は別の検査室に通され、大腸に肛門からバリュームを入れ大腸造影を行いました。体勢を何度も変えて何枚もの写真を取られました。それはしんどい検査でした。検査後、担当医師が、「腫瘍の奥には他の腫瘍はないようですよ。良かったですね」すごく淡々と事務的に言われましたが少しほっとしました。
結局、病室に案内されたのは夕方の4時過ぎでした。
つづく
2008年02月01日
告白Vol.3〜光は何処に
posted by core at 00:02
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